【特集】
序説 ● 谷掛雅人(京都市立病院放射線診断科・IVR 科)
「腹部救急疾患の画像診断は,他の分野に比べて遅れているのではないだろうか?」 そう思うようになったのは,腹膜炎を小腸型感染性腸炎と2例続けて間違い,この鑑別点を調べていた時のことでした.まず,感染性腸炎の画像診断について調べたのですが,大腸型や炎症性腸疾患は多くの文献が存在するのに対し,小腸型感染性腸炎は納得のいくものがみつかりませんでした.そこで方針転換し,急性腹膜炎の画像について調べてみたのですが,こちらもきちんと整理された文献が見当たりません.急性腹症の中でもメジャーな疾患が,しかも2つも,その画像診断がきちんと解説されていない─ そこで湧いてきたのが冒頭の疑問でした.なぜなのでしょうか? いくつか理由は考えられますが,一番は両疾患とも画像診断におけるエビデンスの切り札となる病理標本との対比ができないという点に尽きるかと思います.とはいえ,ここで諦めると,また同じ間違いを犯すのが目にみえています.では,病理標本なしにどうやって裏付けるのでしょうか? そこでやってみたのが,病態と対比する方法です.画像所見から画像診断学的に得られた推測を,解剖学,細菌学,病理学といった基礎医学や,術中所見,内視鏡像といった臨床医学の知見と照合し,その妥当性を検証していきます.できるだけ多方向から検証することで整合性が高まり,ある程度間違っていない“考え方”に到達できます.さらに他人と意見交換し,共通の認識となっていくことで,“エビデンス”とはいえないまでも,治療方針を決定できる“診断のセオリー”が構築できると考えます.
今回執筆いただいた先生方には,過去の文献やエビデンスに縛られず,各自の経験から得られたご自身の“考え方”を紹介してくださるようお願いしました.はじめに,私が急性消化管疾患の画像所見とその反映する病態について述べました.感染性腸炎については,まず病態を知ることが肝要と考え,わが国の第一人者であられる大川清孝先生に解説をお願いしました.そして,感染性腸炎の画像診断については影山咲子先生に,鑑別となる感染以外の腸炎については中井雄大先生に,NOMIについては豊口裕樹先生に解説いただきました.腹膜炎についてもまず“腹膜を知る”ということに主眼を置き,理解しづらい解剖を衣袋健司先生に詳細に解説していただきました.画像診断については,腹膜炎と骨盤内炎症性疾患をそれぞれ井上明星先生と髙濱潤子先生に解説いただきました.各先生方の熱の入った原稿のおかげで,狭い範囲ながらも大変充実した内容となったことを嬉しく思います.お忙しい中時間を割いてくださった各先生方には,この場を借りて深くお礼を申し上げます.最後に読者の皆様にお願いです.本特集は決して完成されたものではありません.共感,賛同,そして反論など,皆様のご意見をぶつけていただくことで,より優れたセオリーがそこにできあがるのではないかと考えています.是非ご意見を賜れましたら幸いです.
序説 ● 谷掛雅人
急性消化管疾患の画像所見とその病態 ● 谷掛 雅人
腹膜の解剖と画像 ● 衣袋 健司
画像診断医が知っておくべき感染性腸炎の臨床像 ● 大川 清孝,佐野 弘治
感染性腸炎の画像診断 ― 発症機序・病態を踏まえたアプローチ― ● 影山 咲子
感染性腸炎と識別を要する腸炎の画像診断 ● 中井 雄大
非閉塞性腸管虚血(NOMI)の画像診断 ― 壁内気腫のCT診断を中心として―
● 豊口 裕樹,紺野 義浩
腹膜炎と鑑別診断の画像診断 ● 井上 明星
骨盤内炎症性疾患(PID)の画像診断 ● 高濱 潤子
【連載】
すとらびすむす
メタバースの時代は来るのか? ● 渡邉 嘉之
画像診断と病理
心臓限局性サルコイドーシス ● 伊藤 絵,石田 正樹 ほか
ここが知りたい!
画像診断2023年5月号特集「唾液腺・甲状腺をきわめる」● 田中 史根,加藤 博基 ほか
Picked-up Knowledge from Foreign Journals
PI-RADS 以外もある! 泌尿器領域のスコアリングシステム ● 髙橋 哲
CASE OF THE MONTH
Case of October ● 齋藤 亜矢子,久保 武
THE KEY To Case of August ● 太田 理恵,山下 直生 ほか
読影レポートLesson
血管編「大動脈解離」 ● 縄田 晋太郎,小川 普久
続General Radiology 診断演習
Silent minority ● 子安 翔
Refresher Course
新型コロナ後遺症の画像診断 ― 循環器領域のコロナ後遺症について知る―
● 相川 忠夫,真鍋 徳子
【読者感想】
消化管というものは常に動いており,正常な状態であっても拡張程度や内容物は個人間で異なり,同じ個人でも刻々と変わる.正常な脳を平均化した「標準脳」のような「標準腸管」を作るのは難しい.どうしても主観的評価になりやすい.という理由で消化管の読影は元々好きではなかった.さらに今回の特集でも書かれているように腫瘍以外の病変について,病理的に確定されることはあまりない.腸炎の診断であっても起炎菌が同定されることも滅多にない.エビデンスの得にくい分野である.そうは言っても,一般急性期病院において画像診断医に最も求められている分野と言っても過言ではないので,なんとか好きになろうとこれまでさまざまな教科書を読んできたが,正直ここまで踏み込んで病態を整理してくれているものにはお目にかかれなかった.その他腹膜の解剖もわかりやすかったし,個々の腸炎についての解説も充実していた.NOMIについては多少異論もあるかもしれないが,考え方としては非常に明快で独自の「サイン」も面白く印象に残った.これから当直を始める,または外勤に行く後期研修医から専攻医の人はこの特集を読むと明日からの読影が少し変わるくらいのインパクトがある.また経験豊富な上級医にとっても知識の整理と言語化・視覚化という意味で,全力でおすすめできる.